ノートを取るだけで終わらせない:記録を使える知識に変える方法
ノートを取ることとノートを作ることの違いから、記録した情報を自分の言葉で捉え直し、成果物に使える知識へ変える方法を整理する。
ノートを取るだけで終わらせない:記録を使える知識に変える方法
知的生産の出発点は、ノートにある。しかし、すべてのノートが知的生産に役立つわけではない。重要なのは、ノートを取ることと、ノートを作ることの違いである。
ノートを取ることは、聞いたこと、読んだこと、起きたことを、他人の言葉や出来事として記録する行為である。ノートを作ることは、記録した情報を自分の言葉で捉え直し、既存の知識と接続し、あとから使える知識へ作り替える行為である。
受動的な記録と能動的な思考
ノートを取るとき、そこにあるのは「相手は何と言ったか」である。会議の発言を記録する。記事をハイライトする。本の一節を書き写す。これは必要な作業だが、それだけでは知識はまだ外部から来た素材のままである。
ノートを作るとき、それは「自分はこれをどう理解するか」に変わる。なぜ重要なのか。何に使えるのか。過去の経験とどう関係するのか。どこに違和感があるのか。ここで初めて、素材は自分の知識体系に入り始める。
言い換えの摩擦が理解を生む
ノートを作るには時間がかかる。読んだ内容をそのまま貼り付けるより、自分の言葉で書き直す方が面倒である。しかし、この「摩擦(friction)」こそが理解を生む。ここでいう摩擦とは、情報をそのまま保存せず、自分の言葉へ変換するために必要な認知的な手間のことである。
自分の言葉で説明できない概念は、まだ使える知識になっていない。逆に、短く言い換えられるようになった概念は、他の記事、企画、判断に転用しやすくなる。
アーカイブではなく思考の相手にする
ノートを取るだけのシステムは、巨大なアーカイブになりやすい。検索すれば何かは見つかるが、それが今の問いにどう関係するかは自分で毎回考え直さなければならない。
ノートを作るシステムでは、ノート同士が接続される。あるアイデアが別のテーマと結びつき、新しい記事の種になる。記録が、思考の相手になる。
これは、パーソナル・ナレッジ・マネジメント(Personal Knowledge Management, PKM)の中核である。PKMは情報を保存する仕組みではなく、考えるための仕組みでなければならない。詳しくは知的生産とPKMで扱っている。
実践の目安
ノートを作るときは、次の問いを置くとよい。
- この情報は、自分のどの関心に関係するか
- 自分の言葉で一文にすると何か
- どの既存ノートとつながるか
- 何に使えるか
- どこに疑問や反論があるか
すべてのメモに深い処理は必要ない。重要なのは、保存するだけで満足しないことである。後で使いたい情報ほど、早い段階で自分の言葉に変えておく。
まとめ
ノートを取ることは、情報を失わないために必要である。ノートを作ることは、情報を知識へ変えるために必要である。
知的生産に必要なのは、記録の量ではなく、使える接続である。ノートを作る習慣があると、知識ベースは倉庫ではなく、次の成果物を生む作業場になる。